中年の星 ヘンリー・スタインウェイの挑戦 1
ピアノ・カルペディエムです。
本日のテーマは、スタインウェイ社の創業者「ヘンリー・スタインウェイの挑戦」と題してお話ししていこうと思います。
「中年の星」という見出しは、一見すると少しふざけているように見えるかもしれません。
しかし、読み進めていただくうちに、だんだんとその意味がお分かりいただけると思いますので、ぜひ最後までお付き合いください。
そもそも、スタインウェイ・ピアノはアメリカに本社を置くピアノメーカーですが、そのルーツはドイツにさかのぼります。
創業者のヘンリー・スタインウェイは、本名をハインリヒ・シュタインヴェグというドイツ人です。
ベートーヴェンが活躍した18世紀末に生まれ、その後、激動のナポレオン戦争の時代を生き抜きました。
やがてゼーセンという小さな街で、家具職人として働きながら、自宅のキッチンでピアノの製造を始めます。
製造したピアノの評判が徐々に高まるにつれて、彼は本格的なピアノ製造に乗り出していきます。
しかし、当時のドイツはいくつもの国に分かれていたため、ビジネスを行ううえで関税が大きな悩みの種となっていました。
さらに、厳格な組合制度も自由な経済活動にとって大きな足かせとなり、彼は次第にドイツ
でピアノを製造し続けることに限界を感じるようになります。
ドイツ国内でも革命の嵐が吹き荒れ、混乱が続いていた1850年代。
そんな中、一足先にドイツを離れ、アメリカで活動していた息子から、彼はアメリカでのビジネスを勧められます。
ただ、当時の彼は50歳前後。
現在と比べて平均寿命が短かった当時の感覚からすれば、仕事を引退し、余生を考えても決しておかしくない年齢だったと思います。
そんな年齢で、ヘンリー・スタインウェイは人生最大の岐路に立たされることになります。
人生の終盤に差し掛かっていた彼が、ここから新天地アメリカへ渡り、まったく新しい挑戦を始めようとしていたのです。
結果的に、彼は長男セオドアを除く家族とともに、新天地アメリカへと渡ることになります。
しかし、なぜ彼はこの大きな決断をしたのでしょうか。
その行動の背景については、また次回お伝えしたいと思います。





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